御知層とは・・・

知識や知恵の層(=知層)と、ご馳走をかけまして「御知層」と付けました。
あくまで万トル俗語です。深く考えないでお楽しみ下さい。
このページは、私自身が池上彰さんの番組が好きで見ててとても勉強になり、知っているようで、意外と知らない事が多いな~と思うところから、改めてお好み焼き等に関して勉強しようと思いこのページを作りました。
一つ一つの知識(雑学)を積み重ねていくように増やしていき、知層を作ってゆきたいと思います。
知層の厚みが増すほど楽しいし、視野が広がるものです。皆様も一緒に楽しみながら、知層を増やしていってください。
お好み焼きに関しての多くの文献はこちらの、広島お好み焼完全マスター本 お好み焼を知る7つの章から引用させていただいており、事前に許可を得て使わせていただいております。

気軽にお楽しみ下さい。

ようこそ!

日本のお好み焼きの歴史

お好み焼き

茶道にルーツあり!

日本から遣唐使節団が唐(今の中国)に渡っていたころ、遣唐使の吉備新備(きびのまきび)が日本に小麦粉をもたらしました。
その後、鎌倉時代には栄西ら禅宗の僧侶たちの間に、小麦粉食品が流行しました。
栄西は禅のほか、喫茶の風習を広くもたらした功績で知られています。
そのため寺院から喫茶の風習が派生し、武家、聴衆にまで、茶道具を鑑賞しながら静かにお茶を飲む風習が盛んになりました。

千利休が好んだお好み焼きの祖型「ふの焼」

千利休が残した茶会の史料に「利休百会記」があります。
この中に豊臣秀吉と広島城主・毛利輝元に振る舞われた会席料理の記録によると、このとき菓子として出されたのが「ふの焼」と記されており、利休が好んだこのふの焼こそ、今のお好み焼きの祖型といえそうです。
煎餅がヒントのふの焼は、うどん粉を水と酒で練り、煎り鍋に薄く伸ばして焼いたもの。そこへ山椒入りの甘味噌を塗って巻き込み、1cm幅に切って切り口を見せて盛り付けていきます。
これは吉備新備が二度目に唐から帰国した天平宝字(てんぴょうほうじ)年間に、東大寺で写経を学んでいた写経生らに出したリストにあった「ごま油で作った煎餅」をヒントに作られたという説があります。
そして、ふの焼は江戸時代から駄菓子屋で売られるようになりました。
さらに利休が好んだふの焼をリバイバルしたのが、江戸麹町十一丁目の「助惣(すけそう)」です。
この店のふの焼は、江戸中期から末期まで、「助惣焼」として長い間、江戸の名物となりました。

明治後半に下町に根付いた「もんじゃ焼き」

もんじゃ焼きがふの焼にとって代ったのが明治時代の終わりごろといわれています。東京下町に登場したもんじゃ焼きは、ふの焼の子孫であるかのように駄菓子屋から誕生しました。
材料はサクラエビやキリイカ、揚げ玉、紅しょうが、野菜、そしてほとんど水に近い小麦粉の生地のみ。
しかし、子供たちは、家庭では真似できない大きな鉄板の威力で焼かれるもんじゃ焼きに魅了されました。
もんじゃ焼きの名前の由来は、鉄板の上で文字を書きながら焼いていた「文字焼」がなまったものといわれており、その遊戯性も子供たちをひきつけました。

どんどん焼は名を変えて地方へ広がる。

もんじゃ焼きが商売になると分かると、店舗を持たない人たちが、太鼓をたたきながら売り歩く「どんどん焼」が登場します。
もんじゃ焼きは鉄板のスペースを広く使って作りますが、どんどん焼は限られたスペースで、固めにコンパクトに作ります。
これが、日本各地に根付いていき、地方の駄菓子屋でも提供されるようになりました。
そして「一銭洋食」が誕生しました。

一銭洋食は「お好み焼き」へ

小麦粉を水で薄く伸ばした生地を丸い形に焼き、かつお粉やねぎをのせたものにしょうゆを塗って食べる一銭洋食は、大正時代のころに関西の駄菓子屋を中心に日本各地へ広まっていきます。
戦後、かけるものが、しょうゆからウスターソースにかわり、次第にキャベツやもやし、豚バラ肉、イカなど具材も変化していきます。
そのころから、現在の「お好み焼き」と呼ばれるようになったといわれています。
万トルの「名古屋風お好み焼き」のルーツもこの時に出来上がりました。
近所のお年寄りの皆様の多くから聞く、子供の頃に食べたお好み焼きの特徴はまさにこの「一銭洋食」です。
今でもたまに作ってくれとご注文を受けて、作らせていただいております。私自身もまかないとしてよく食べているんですよ~

参考書はこちら。広島お好み焼完全マスター本 お好み焼を知る7つの章

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